2011,7,23.第63回 毎日書道展 特別展ギャラリィートークと揮毫



2011,7,23.

毎日書道展を観に行く。

13:00~   特別展示「宇野雪村の美」ギャラリィートーク
               (山本大廣先生)のトーク

    宇野雪村は1912年(明治45年)に生まれた。
    今回の展示で24歳と37歳の時の作品が原点と言える。
    当時(前衛書)という概念はなく、書の新しい学び方とか
    書の前衛とかいい、書の分野において線で発展すると考えられた。
    アンフォルメダとかアクションペインティングと表現している。
          途中までで、揮毫に移動

14:00~   仮名・近代詩文書・前衛書の席上揮毫を拝見

    仮名(小野蕙厚先生)
        きりっとした線で緊張感が溢れていた。

    仮名(原田弘琴先生)
        流麗な線が素敵でした。

    近代詩文書(赤澤寧生先生)
        松煙墨を磨り薄めた青薄墨を使われた。
        48万円もする筆だそうです。

    近代詩文書(後藤武之先生)
        対照的な濃墨で書かれ豪解でした。

    前衛書(倉林紅瑤先生)
        細くて長ーい筆を2本使い龍の形を表現された。
        古代文字が好きで題材に選ばれるそうです。
        師匠からは美しく緊張感のある書を目指しなさいと
                      指導を受けたとか。

  司会の永守蒼穹先生は、
    最後に質問が出て来なかったので、日本人の奥ゆかしさの話をされた。
    フランスで毎日書道海外展をした時、フランス人は両手を挙げて質問した。
    70歳くらいの先生が半紙に揮毫をされ、そのフランス人は
    「その作品はおいくら?」と聞いたそうです。
    ある先生が「5万円です」と答えたそうです。会場から「えっ」とため息。
    (こちらの先生は70歳位ですから、それまで60年間の蓄積された
                経験と実績を鑑み、
それにこの作品を揮毫するに当たって
                何千枚も書かれたはずです)と説明された。

    その後、お一人の方が質問。
      前衛書を書くに当たっての勉強方法は?
      倉林先生は「師匠から古典を徹底的に指導されました」と。
     

2011,5,28, 道具(筆・墨・紙・の事)

2011/ 5/27 16:58
2011,5,28,(土)

書道を始める時、私はこんな風にお勧めしています。

「道具選びはとても大事です」
「道具は選ぶ物です」

始めは、
「長く使える物(硯・文鎮・下敷き・等)は、ある程度しっかりした物を用い、
消耗する物(筆・墨・紙・等)は、基本ラインの物を使いましょう」
大体は、私の方でお勧めの品を提示いたしますが・・・

使っているうちに要領とか覚えます。
筆の洗い方が足りなくて軸元が固まり 毛が切れる?
墨を力を入れすぎて磨り 線が伸びない?
文字の形が取りにくい為 何枚も紙を無駄にする?

段々上達するに従い、
用途に応じた、より書き易い筆
用途に応じた、よりきめの細かい墨
用途に応じた、より書き易い紙
の選択が出来るようになります。

その先は、私のアドバイスなしでも大丈夫です。

2011,5,2,新緑の季節に書く

2011/ 4/29  6:07
もう、5月、新緑がまぶしい。
昨日、書いた紙を処分していたら、
何と、良く書いたものだと思うほどあった。
そのような紙は、多墨の吸い取り紙にしたり、
油の吸い取り紙にしたりするのです。
花などの包装紙にしたり、
ちょっとした御遣い物の包装紙にしたりします。
何しろ上質の和紙です。
とても重宝しますが、邪魔にもなります。
気を新たにして、また書きたいと思います。

生徒さん作品「鳥語出梅中」半紙、漢字(楷書)

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「鳥語出梅中」 = 鳥語(ちょうご)梅中(ばいちゅう)に出ず

(意) 鳥は良い声で鳴いて梅の花の中から聞える。

香石評:   現在 3級  ( 漢字 仮名 共に )

名前に至るまで 一貫して 縦の中心が揃い 、 文字がきれいに収まっている。

2008年12月 第65回 温知会書道展に 初出品し、 初めて挑戦した 半切作品。

(たぶん 朝早く?の 努力の甲斐があって) 羊毛の くたくたとした上等の筆を 使いこなした 努力の 結果が  作品に 表現されている。

 

 

2009,1,20.弘法、筆を択ばず?

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約 22年前、温知会旅行で 安芸の宮島 そして 広島の熊野筆を見学に行った。

 
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 ことわざ 「 弘法、筆を択ばず 」

(意味) 名人・達人などと呼ばれるような人は、道具のよしあしなど、まったく問題にしないということ。

(ことわざ)どんな仕事でも腕が良ければ出来るはずと教えている。

(注釈) 書聖とも言われる弘法大師{空海}は、筆のよしあしを択ばずに常にりっぱな文字を書いたことから。

(記録)弘法大師{774~835}は筆の作り方を学んで、狸毛筆を筆匠に作らせて、時の嵯峨天皇に献上しておられた記録が残ってます。

と、言われているが・・・・・・・

私の父 曰く、 「 弘法、筆を択び得た 」  

同じようなフレーズでも 若干の意味合いが違うようだ。

その理由 「 弘法は、竹箒の様な粗末な筆を使った訳ではなく、上等の羊毛の腰のない くたくた とした 筆でも 使いこなした 」 と言うのだ。 
 
ここではちょっとニュアンスが変化していることに気がつく。
 
一般的な解釈では、弘法のような上手い人は道具である筆には頓着しないで上手い字を書くことができたのだから、一般の人が道具である筆についてグダグダ言うな、という訓戒だと思われています。
 
しかし、父の解釈ではそうではない。弘法は竹箒のようなささくれだった筆(道具)でも上手い字が書けたのかもしれない。書けなかったかも知れない。ただ、そういうことがいいたいのではない。
 
上等な羊毛のような腰のない筆を(も)、弘法は使いこなした。
 
腰のない筆で書をたしなむ機会はなかなか無いものなのだが、臨機応変、融通無碍の境地でその時々に相応しい道具を択びとる能力、それを使いこなす能力が弘法にはあった、という意味なのだ。
e8838ee6af9be7ad86e9a699e7b994e699bae7be8ee8beb0e585b8 つまり弘法は筆を択び得(るくらい技量の幅が広かっ)、と言っていい。

確かに 上等の羊毛の筆は、初心者はもちろん かなり 熟練した者でないと、使いこなす事が 至難の業と言わざるを得ない。

力説していた 父の言葉が 忘れられない。

私は、自分の3人の子の 胎毛筆を 作って 持っている。臍の緒と共に。臍の緒の箱には、生まれて間もない子の髪の毛2~3本入っている。

胎毛筆とは、生まれてから一度も鋏を入れてない、毛先のカットされてない髪の毛で作った筆の事である。でも、いちばん左にある 長女の物は何度かカットした。

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